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「何かの、それは」
「さつき、河原で、先生に会つたんでさあ。――往診に出かけなさる途中でね」
横合から冷かすやうに口を入れたのは雑貨店の庄谷だつた。痩せた上に黒く日焼けがし、固く乾いたやうな顔には小さいが白味の多い眼がいつも人を小莫迦こばかにするやうに閃いていた。彼はさつきもその眼で入つて来たばかりの房一を見、房一が挨拶すると「あン」といふやうな声を出しただけで、すぐに話に聞き入つていたのだつた。
「いやネ、誰か赤山のことに精くわしい者はいないかつてんで、わたしの所へ来たのですね。まあ、案内するにはしたが、あの連中と来たら地の底でも見えるやうなことを云ふんで呆れたところですよ」
「先生、どうしなさる?着て行きますかい」
「別に惜しいほどのことではありませんよ」つづけて、ふいに調子を変へると、
「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」
「ふうん、それもよからう」
それに、茂子がこんな風にひよいと家を出て実家へ帰つたまゝ、十日も二十目ももどつて来ないなんてことは、別に珍らしいことでもなかつた。たゞ、この半年ばかりは落ちついていたのである。もう慣れつこになつている。そのうち又舞ひもどつて来るだらう。来なければ来ないで、それでもちつとも差支へはない。要するに、どうでもよかつた。居ない間が気楽といふものだつた。
「え、御老人、どうしました?苦しいですか」
「いや、私はすぐこの近くで医者をしとる、高間といふ者ですが」
男は病人から房一へぎろりと眼を移すと、
「さあ、殺せ。――うむ、え、さあ。――え、え」
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