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「徳さんが新しいのを掛けてくれるまで待つていた方がいいかもしれませんね、これは」
ことしの梅雨も明けて、温泉場繁昌の時節が来た。この頃では人の顔をみれば、この夏はどちらへお出いでになりますと尋ねたり、尋ねられたりするのが普通の挨拶になったようであるが、私たちの若い時――今から三、四十年前までは決してそんなことはなかった。
と、小谷は人差指と中指を二本突き出して見せて、
と、何か文句にならないことを口の中で云つて、もう一度低いお辞儀をかへした。
「お粗末ではござりまするが、どうぞごゆるりと」
「さやうで御座りますか。お忙しいところを御苦労さまで」
房一は苦笑した。
房一は目を上げて何か訊きたさうにした。それを押へるやうに、
と、道平は云はれた通りに腰を下さうとして、椅子の円々とふくらんだ真新しい天鵞絨びろうどの輝きに目をとめると、しばらくまじまじと眺めていたが、もう腰をかけるのは止めてしまつた。やはりゆつくりした様子で立つている。
と、全然ここの温泉を軽蔑しきっていたそうで、婆さんが絶え間なくタオルで全身摩擦しながら意地ずくでつかっている温泉とは何度ぐらいだろうと興にかられたが、調査もせずに引越した。
「はあ、はあ」
「ふうん。気楽な身分だね」
「や、さうですか。僕も今そこから帰るところです」
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