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これは私の若い時のことである。それから三、四年の後に、「金色夜叉」の塩原温泉の件くだりが『読売新聞』紙上に掲げられた。それを読みながら、私はかんがえた。私がもし一ヵ月以前にかの旅館に投宿して、間貫一はざまかんいちとおなじように、隣座敷の心中の相談をぬすみ聴いたとしたらば、私はどんな処置を取ったであろうか。貫一のように何千円の金を無雑作に投げ出す力がないとすれば、所詮は宿の者に密告して、一先ず彼らの命をつなぐというような月並の手段を取るのほかはあるまい。貫一のような金持でなければ、ああいう立派な解決は附けられそうもない。
それは杉倉といふ所から来た。塔の山とは反対に、ずつと上手に河原町を出外れて、それから更に急坂を一里ばかり上つた所の、相沢といふ家だつた。相沢と云へばこの近所では誰も知らぬ者はない、そんな不便な土地でありながら大きな酒造家である。使ひの者が来て、急ぎはしないが明日あたりにでも往診してほしい、と云ふことだつた。房一にはそんな相沢みたいな家から往診をたのまれやうとは意外であつた。
さう声に出してみた。そして犬の方をふりかへつた。犬は彼の方を信頼にみちた眼で見上げ、しなやかな尾を振つた。
その空地の隣りに低い築地塀ついぢべいをめぐらした家がある。築地はもう何十年かあるひはもつと前に造つたものらしく、所々の壊れた荒壁を後から後から塗りなほした箇所がそれぞれ違つた土の色をして、それさへ剥はがれかゝつている。だがその築地の内側にある家はこれも外まはりに劣らず古い低い平家で、外から見ると、築地の上にそのだゝつぴろい大きな屋根がまるで、伏せをした恰好に見えるきりだ。そんな風にかこまれているので、外部から覗かれる家の有様と云つたら、ちやうどそこだけ築地が中に向つて露地のやうな様子で切れこんでいる家正面の入口だけだつた。それも、今ではよほど田舎へでも行かないと見られないやうな、広い黒ずんだ欅板けやきいたの式台と、玄関の障子の両側には黒塗りの横桟の入つた脇戸までがついた、恐しく奥まつた、人間で云ふと極端に内気な独身の四十男のやうな様子をしていた。
徳次は、両手に海苔まきとゴマをまぶした握飯と二つとも慾ばつて持ち、紙の袖をいやといふほどたくし上げ、冠をどこかへ脱ぎすてたので、いがくり頭ときよろりとした眼とを何かむき出した風に目立たせながら、足を踏んばつて云つた。
徳次は年下だつたせいもあるが、子供の頃やはり泥まみれになつたり、着物の裾を水浸しにしたりして、房一の行く所にはいつもついて行つたものだ。彼は房一の悪戯いたづらの共謀者でもあれば手下でもあつた。彼の単純な胸の中には、いまだにその頃の房一に対する尊敬の念が残つているのである。房一が「医師高間房一氏」になつて河原町に帰つて来たとき、子供の頃の房一の記憶を一番大切にしていて、それをつい昨日のことのやうに憶ひ出していたのは恐らくこの男だけだつたらう。それにもかゝはらず、房一は世間的な仕事に気をとられていて、彼のことを失念していた。徳次は甚だ心外であつた。だが、その臆病さのために自分から房一の前に姿を現すやうなことはしなかつた。彼はその不満を汚い家の中で垢だらけの子供達を肩につかまらせたまゝ、自分の妻に話して聞かせた。それだけだつた。他の人の前ではちつとも洩らしはしなかつた。若し口に出せば、大声をあげて町中を走り、房一の家に荒ばれこみたくなるにちがひない、と自分でも思つていた。それほど彼の心外さは深かつたのである。
今それを思ひ浮べたとき、房一はふいに一種の怒気を感じた。それは疾やましさのないはげしい敵意、何かしらぐつと相手を地面まで押しつぶしてしまひたいほどの、腹の底からこみ上げて来る得体のしれない力だつた。
「やあ」と、目で挨拶して何気なく行き過ぎようとすると、相沢は殆ど判らない位に軽く房一の腕にさはつて引きとめた。そこは拝殿からも馬場からも大分離れた場所だつた。あたりに人はいたが、顔見知りはなかつた。相沢はあなただけに、といふ風な一種秘密げな顔をしていた。房一は殆ど直覚的に、それが訴訟に関係したことだ、と悟つた。あの訴訟については、昨冬以来相沢は度々地方裁判所のある市に出かけ、鍵屋の方でも弁護士を立てて一二度審理があり、証人の申請があつたとかいふやうな話を、房一も聞いていたが、鍵屋の方では口を緘かんして語らないし、成行は他の者には少しも判らなかつた。その噂の最初がやかましいものだつたにかゝはらず、何にしろ事件はこの土地からはるか離れた所で遅々として進んでいるのか停滞しているのかわからない位であつたから、いつとなく遠耳になつていた。しかし、相沢を見た瞬間それを思ひ出さずにはいられなかつたのである。
だが、急な流れを乗り切ると、ちよいと前方の水面を見ただけで、当分御無事だな、とすぐに見抜いてしまふ。そこで、徳次は舳へさきにどつかりと腰を下し、普通とは反対に前にとりつけた舵棒を握るのだ。どぶ、どぶ、どんぶり、ど、といふ風に水が船縁ふなべりをたゝく。それに合せて、徳次は力を抜いてゆつくりと舵を動かす。いゝ気持になつていると、やがて、水は「もうお前さんを楽にさせるのはごめんだ」といふみたいに、急にとろんとして、のろ臭く、浮いた藁ゴミを御叮寧にゆつくりゆつくりと廻して遊んだりする。徳次は今度は艫ともにもどる。そこで、櫓を下してぎいつぎいつと漕ぎはじめる。
庄谷は自分よりは高い相手から見下されるのを避けるやうに少し遠のくと、房一の改まつた服装を胸から下にかけてぢろぢろと見た。
徳次は又ぐらりとした。
それが今日では、一泊はおろか、日帰りでも悠々と箱根や熱海に遊んで来ることが出来るようになったのであるから、鉄道省その他の宣伝と相待あいまって、そこらへ浴客が続々吸収せらるるのも無理はない。それと同時に、浴客の心持も旅館の設備なども全く昔とは変ってしまった。
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