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    と、小谷はひとり言にしては大きい声で云つた。が、代りがないので又水の中へ放つた。

    「いや、あれは私が勝手に頼んで来てもらつたんですからな、御心配はいりませんよ」

    「こゝの消防演習をやつたのだ。そんなに騒ぐことはない」

    徳次はしばらく考へていた。

    根津が箱根における化物話は、それからそれへと伝わった。本人も自慢らしく吹聴していたので、友達らは皆その話を知っていた。

    正文は黙つて聞いていたが、このときふいに今まで前屈みに折りたゝんでいた背をぐつと伸したやうに思はれた。そして、あの噛みつくやうな眼がぎろりと房一を一瞥した。

    「おい」と盛子を呼ぶ声がした。

    「便所に化物が出たそうです。」

    房一は男の前膝部をたゝいた。脚気でもない。心臓は弱つていた。単音でなく、微弱な重音があるので弁膜症の気味があるとも診られた。呼吸器に異状はなかつた。一応の診察を終ると、房一は患者の顔から、胴体にかけて、熱心に眺めた。皮膚は弛緩して、生気がなかつた。だが、その極端な貧血と一般的な衰弱とは典型的な寄生虫の症状らしいことにさつきから気づいていた。

    房一は目顔で笑ひながら何度もうなづいた。やつと安心したやうに、徳次はしばらく見送つていた後で、大股に自分の船の所へもどつて行つた。

    「なに、訴訟?」

    「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」

    「さつき、はじめは、はてな、見慣れない男がいるな、と思つたくらいですからな」

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