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と、房一はそれまで彼のわきにおとなしく坐りこんでいた犬に声をかけた。川を渡る間中、落ちつかない様子で、普通に地面に坐るのとはちがふ感じにぺつたり船底に腰をつけて時々中空に鼻を上げて、何かの匂を嗅いでいた犬は、房一が自転車を持ち上げるのと同時に、足の下からさつと河原にとび降りて、そこら中を駆けまはつた。
「ふうん。気楽な身分だね」
小谷が対岸から流れを指しながら叫んでいた。房一の竿の前を渡渉とせふするので承諾を求めたのだ。
安政三年の初夏である。江戸番町の御廏谷おんまやだにに屋敷を持っている二百石の旗本根津民次郎は箱根へ湯治に行った。根津はその前年十月二日の夜、本所の知人の屋敷を訪問している際に、かのおそろしい大地震に出逢って、幸いに一命に別条はなかったが、左の脊から右の腰へかけて打撲傷を負った。
「ふん」
足が冷えて来たので、風呂の火でも見ようと立ち上つた時だつた、裏口の戸がゆつくりと外から開いた。
「何しに来た?」
今泉は面喰つてこれも徳次の眼の中をのぞきこんだ。二人の間には恐しく判りにくいものが突然はさまつたやうに思はれた。
「それあ、さうだらうなあ。なんしろ広い海のこつた!――ねえ、君」
「いや、これから往診に行くところだ」
かうして、予定の時刻を大分遅れて小学校の校庭に辿りついた時には、腹は空くし全く放々の態であつた。が、遅れたのはその一隊ばかりでなく、所々で踊りを見せながら山車だしを引つ張つて来る組も、他にも大分遅れる組があつた。で、彼等は気をとりなほして万歳を三唱し、直ぐに思ひ思ひの所に散らばつて焚出たきだしの握飯をほゝばつた。もうこゝは町内であるから、たくさんの見物人が集つて来ていたが、午前の一歩きですつかりへこたれ、埃で顔が黒くなり、疲れた彼等は、そのおかげでもう照臭さも何もなかつた。
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