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    房一は目を上げて何か訊きたさうにした。それを押へるやうに、

    「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」

    「おれは!――」

    「ほゝう!」

    「おれと息子とはちがふ。息子は自分の力でこんな風に立派になつた。おれはうれしくて仕方がないが、まあおれは自分の坐り慣れたところにこのまゝ坐つている方が気楽だ。医者の父親なんてものより、元のまゝの老百姓で結構だ」

    「あのう、笹井へ往診がございますが」

    又走り出して、草の中に鼻を突つこんだ。が、今度はすぐもどつて来た。房一は緊張した表情をつくつて、その背をつかんでぐつと押した。

    と、房一が声をかけた。

    「それあ、さうだらうなあ。なんしろ広い海のこつた!――ねえ、君」

    築堤へ登る段の所で、長い竿を持ち扱ひにくがつて立停つた房一の背後から、盛子はふいに呼んだ。

    今度は、徳次も完全にびつくりしてしまつた。彼のきよろりとした眼には、どこか少し先きで火事があると聞いた時のやうに、何だか落ちつかない、興昧ありげな色が浮んでいた。

    ふいに、彼は頭を上げた。

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