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    と、房一はほつとした面持になつて云つた。

    「あゝ、お医者?」

    富田は房一に声をかけて彼のために席を明けながら、つづけて

    「さうだつてねえ」

    「あの、さきほど往診に出かけましたさうで」

    「金色夜叉」はやはり小説であると、わたしは思った。

    と、彼は恐しく手まどつて答へた。

    「おぢいさん。これを主人うちが着るんですよ。主人ばかりぢやない、町の戸主はみんな!それこそ、代人はできないんださうですよ。そして、御神輿おみこしの後について町中を行列して歩くんださうですよ。――まあ誰が考へ出したんでせう!さぞいゝ恰好でせう!ねえ」

    あの坊主は前からあんな頭をしていたのかしらん。――さう云へば、子供の時分いつしよに遊んでいるとき見たやうに思つた。――練吉はそんなことを考へていた。

    「あら!」

    練吉が元の座へ帰つてゆくと、房一はぽつんと一人とり残された。来客達の大半とはすでに顔見知りだつたにかゝはらず、今夜の席では房一は唯一の新顔だつた。

    高間医院では房一の帰りが遅いので盛子が一人で気を揉んでいた。ほかでもない、房一はその日の夕方から鍵屋の法要ほふえうに案内を受けていたのである。

    それは何となく不思議なことだつた。家にいたところで別に賑かに喋しやべり立てるわけでもなし、むしろ年中窮屈さうに不服ありげに無口で固い顔をしている茂子が、今この家にいないと知つただけで、こんなに伸び伸びし、自分がさう思ふだけでなく、そこらにある家具までが何となく気楽さうに見えるとは!

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