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「ところがね、大石さんの銃は、あれはマネスターと云ひましたかね、あのマネスターは立派なんだけどなあ。そのわりにあたらないもんですね」
と、誰かが大声で叫んだ。
が、或る日切つて落したやうに、例外だといふ風に、一日だけ何だか季節がためらつたやうに暑くも涼しくもない日があつたかと思ふと、次にはあの初秋の前触れである強い南風が吹いた。それは暑いといふよりは何だか蒸むし蒸むしする、騒々しい、遠く起つたかと思ふとすぐ間近かにやつて来、草木をなびかせ、捲き、吹きつけ、魂をゆすぶるやうな大きな小止みのない風だつた。それは風と云ふよりは何か素晴しく太いものを感じさせる大きな物音だつた。まさにその通り、はじめは笹鳴りをさせ、立木の枝を唸うならせ、戸をがたつかせ、埃を広い幅で駆けさせていたものが、しまひにはそれらをたゞ下界の騒々しさといふ中に押しこんでしまひ、圧おさへつけ、自分ははるか中空をもつと高い方を何ものにも遮さまたげられることなく悠々と巨大に傍若無人に吹き抜けて行くのであつた。それは風ではなく季節の通り過ぎる音だつた。やがて雨を伴ひ、あらゆる物の上にたゝきつけ、浸みこませ、溢れさせ、一日か二日でけろりとし、青い空をのぞかせ、それでもなほ切れ切れの雲を、疾はやい怪物のやうな想像しきれぬ形の雲をひつきりなく走らせて、おれはまだ完全に通り抜けてはいないぞ、気をつけろ、と知らせているやうに見えた。
それに、茂子がこんな風にひよいと家を出て実家へ帰つたまゝ、十日も二十目ももどつて来ないなんてことは、別に珍らしいことでもなかつた。たゞ、この半年ばかりは落ちついていたのである。もう慣れつこになつている。そのうち又舞ひもどつて来るだらう。来なければ来ないで、それでもちつとも差支へはない。要するに、どうでもよかつた。居ない間が気楽といふものだつた。
「いや、高間さんは大漁ですがね。わたしの方はさつぱり駄目ですよ」
「だから大事に大事に歩きましたよ。石ころの上を踏んだら一ぺんですからね。いつもこんなに大事に下駄をはいたらさぞ永持ちすることでせうが――」
「すまんでしたな、長話をして」
だが、彼等が危ぶみ、恐れ、半ば期待していたやうに、歩いて行く両側はこんなに町に人がいたかと思ふほど黒山のやうな人だかりであつた。見覚えのある顔が、真紅になつて笑ひこけ、指さしをし、何か囁き合ひ、子供達は日頃馴染めなかつた大人達がこんな風変りな恰好で歩くのを見てすつかり有頂天になり、わいわい云ひながら行列につきまとつていた。しかしながら、神官達の方にも案外な度胸ができていた。お揃ひの恰好といふ点だけでなくとも、かういふ風に観物にされるのは一人ではなかつた、誰しも忍び笑ひから免れることはできない。その意識が今や共通した一箇の仮面のごときものを与へ、まさにそれが行列を形造つていたのである。どういふものか、誰もが皆生真面目な顔をしていた。小谷には紙ながら衣冠束帯がよく似合つていた。が、誰よりも一番似つかはしかつたのはあの老来なほ矍鑠くわくしやくとした端正な鍵屋の隠居、神原直造であつた。恐らく疲労からであらう、彼はさつきからにこりともしていなかつたが、それがなほのこと一種の威儀を具へるのに役立つた。臆病げに伏目になつた堂本と背の低い痩せた庄谷には、衣裳が大きすぎて、何だかばくばくしていたが、二人とも大真面目だつた。(千光寺さんだけは代りに寺男が出た)そして、徳次でさへ、あのきよろりとした眼で方々を見ることなしに、口ももぐもぐさせずに固く噤つぐみ、そのために突きとがらせた風になつてはいたが、やはり正面を向いてゆつくりと行列の歩調に合せて歩いた。
「いや、それが――」
と、腰をたゝいてみせた。そこにはまだ一足、紙衣の下からはみ出すやうに、ぶら下つていた。
その直造の耳には、次のやうな言葉が響いて来た。
「やあ。先日はどうも」
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