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「あなたの追鮎は元気らしいなあ」
「いや、さういふことは人によつてはあるんだよ」
「うん、寄りがあるからな、あんたはうちに帰つとんなさい」
生返事をしてそのまゝ登つて行く。
「いや、これから往診に行くところだ」
「神尾司令官閣下と同列なんだよ。宇品から東京駅着。それから直ちに参内上奏されたんだよ。どうも、すばらしいね。目に見えるやうだね」
冷笑するやうな「それは御苦労」と云ふ色が庄谷の眼に現はれたきりで、後は何とも云はない。恐らくそれが彼のふだんの表情であると思はれる、さつき手を額にかざして房一を眺めていたときと同じやうな、横柄な、何か固い糊づけしたやうなものが庄谷の顔にあつた。それは面を被つたみたいに庄谷の顔をくるんでいて、いや顔だけではない、庄谷そのものもすつかりその固いものの背後にかくれてしまつたやうに見えた。
彼女はその表情を少しもくづさずにすつと引き下つたが、間もなく帰ると、
「ふうん、潰れるだらうな」
「やあ、君か」
「さうかね、梨地へ行くんなら、やつぱりこゝを渡つた方が近道だ。井出下の渡しはもうないからね」
一座はしづまり返つていた。何か緊迫した気配があつた。――とにかく、それは予定の中には入つていなかつた。こんな風に突然誰かが立上り、荒々しい声を張り上げ、何を云ひ出すか判らないのにぢつと膝をついて聞いていなければならぬとは!
と、小谷はひとり言にしては大きい声で云つた。が、代りがないので又水の中へ放つた。
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