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房一は怒つたやうな嘲あざけるやうな調子であつた。その顔は何故か黒ずんで見えた。そして、目がぎらついていた。
「あれだね、君は見かけによらない――親思ひなんだね!」
「うん、あの程度だと別に影響はないんだらう」
そこに、房一は、酒のために紅くなつてはいるが、そして、まだ額のあたりに筋張つた色が立つてはいるが、稍やゝ前こゞみになつた半白の頭を見た。それは河原町の人などには見られぬ線の粗あらさとどぎつさこそあつたが、想像したよりもはるかに老人だつた。
わたしはこの婆さんにいろいろの話を聞かせて貰いました。就中なかんずく妙に気の毒だったのはいつも蜜柑みかんを食っていなければ手紙一本書けぬと言う蜜柑中毒の客の話です。しかしこれはまたいつか報告する機会を待つことにしましょう。ただ半之丞の夢中になっていたお松の猫殺しの話だけはつけ加えておかなければなりません。お松は何でも「三太さんた」と云う烏猫からすねこを飼っていました。ある日その「三太」が「青ペン」のお上かみの一張羅いっちょうらの上へ粗忽そそうをしたのです。ところが「青ペン」のお上と言うのは元来猫が嫌いだったものですから、苦情を言うの言わないのではありません。しまいには飼い主のお松にさえ、さんざん悪態あくたいをついたそうです。するとお松は何も言わずに「三太」を懐ふところに入れたまま、「か」の字川の「き」の字橋へ行き、青あおと澱よどんだ淵ふちの中へ烏猫を抛ほうりこんでしまいました。それから、――それから先は誇張かも知れません。が、とにかく婆さんの話によれば、発頭人ほっとうにんのお上は勿論「青ペン」中じゅうの女の顔を蚯蚓腫みみずばれだらけにしたと言うことです。
房一はいくらかつんぼの道平の耳に口を寄せて、大声で云つた。
と、加藤巡査はくり返した。
一瞬、まはりの者は皆黙つていた。わけを知らないのは今泉だけらしかつた。その意識のために、今泉はひどく大切な物をとり落したときの呆然とした眼で庄谷を眺めていた。もともとどこか空虚な感じのする彼の顔は、眼がとび出して底まで空つぽになつたやうに見えた。
と訊くと、遊び友達と河へ行つたといふ返事であつた。
その何番はわたしの隣室で、当分お客を入れないといったのも無理はない。そこは幽霊(?)に貸切りになっているらしい。宿へ帰ると、私はすぐに隣座敷をのぞきに行った。夏のことであるが、人のいない座敷の障子は閉めてある。その障子をあけて窺うかがったが、別に眼につくような異状もなかった。
我々はそれから「き」の字橋まで口をきかずに歩いて行ゆきました。……
房一はふと自分に返つて訊いた。
「さうですね。さつきからどうもさうらしいと思つていたんですが、失礼しました」
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