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    今泉にはやつと徳次の考へていることが判つたので、熱心に説明した。

    「どうしたんですの?何かあつたんですか」

    「うん、おれもこないだ通り合せたんだが、前を山支度の娘が寵をかついで歩いているんだな、するとやつぱり大声でからかつとつたよ」

    実際盛子をせき立てることは何もなかつた。房一は上着だのズボンだのを脱ぎながら一人で慌てていた。何かしら騒ぎだつた。ネクタイがうまくとけなかつた。カラアが外れにくかつた。靴下から足が抜けなかつた。これらの物を畳の上にまき散らかせ、足にひつかけしながら、房一はそこらを高麗鼠こまねずみのやうにぐるぐる舞ひをした。それは図体が大きく不器用なだけに恐しく滑稽だつた。盛子は笑ひながら房一について歩き、その腕からワイシャツを巧みにはぎとり、散らかつた物を手早く始末した。

    そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり

    一座はしづまり返つていた。何か緊迫した気配があつた。――とにかく、それは予定の中には入つていなかつた。こんな風に突然誰かが立上り、荒々しい声を張り上げ、何を云ひ出すか判らないのにぢつと膝をついて聞いていなければならぬとは!

    房一は手答へのないのを感じた。

    自動車が動き出した時、練吉は唇のはしをびりびりさせ、あの切れ目の顔に何かしら水をかけられたやうな表情になりながら、

    間もなく房一は別れを告げ、庭前で又馬の前に立つて二三の話をし、相沢の家を立去つて行つた。相沢のやうな家を患家に持つことは、十軒もの小患家を得たに匹敵すると、ひそかに満足しながら。そして、今日のもてなし方から考へると、医者として十分好意を与へたにちがひない、といふことにも満足しながら。

    「はあ、見て参ります」

    と、房一が台所に声をかけた。

    この時さう云ひながら座に入つて来た者があつた。それは今泉だつた。

    房一には連れが二人あつた。

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