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    「まあ、――上の町の大石さんとこ位は行つとくのもよからうが」

    「よく来てくれましたな。けふはゆつくりしてもかまはんのでせう。あんたは碁を打ちますか。――さうですか、御存知ないですか。それはちよつと。まア、しかし、こんなものは覚えん方がいゝかもしれませんなあ」

    「早く早くつたつて、もうお支度はちやんとできてますわ。あなたが遅くかへつて来といて――」

    「どうですか、掛りさうかね」

    「ハッパもいゝが、近頃は土方がいたづらをするとか云うて、女の子が下の方を恐はがつて通らんていふぢやないかね」

    張りのある、いくらか甘えやかな、跳ね上るやうな盛子の声を、その男はいかにも耳珍しげに一つ一つとつくりと聴いているやうな様子でいたが、そして台所からさす電燈の明みの中に立つた盛子をまじまじと眺めながら、その遠慮深い調子の中に急に溢れるやうな親しみを浮べた。それは何だかこの男が幼い時分の盛子をよく世話してくれて、何十年かたち、今ふたゝび盛子を前にして昔を思ひ出した、とでも云つた様子だつた。

    「何しに来た!」

    「どうだ。起きられるか」

    この時さう云ひながら座に入つて来た者があつた。それは今泉だつた。

    と云ったそうだ。

    川沿ひから分れた路は段々になつた切株だらけの乾田に沿つて、次第上りに、両側はゆるやかな山合ひに切れこんでいた。

    その時やつと、男は少しうなづいた。そして背中に負はれて出て行つた。

    「さうです、小倉組の方ですな」

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