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「ほう、さうか。毎年あるのかね。そいぢや、これから度々見られるわけだな」
「さうですか、さうですか。それは、いや、ごていねいなことで」
自動車が動き出した時、練吉は唇のはしをびりびりさせ、あの切れ目の顔に何かしら水をかけられたやうな表情になりながら、
と、いきなり突きを喰はされた練吉は、神経的にさつと青ざめながら、反問した。
「――へえ、まだお帰りぢやないのかね」
徳次は房一が顔を洗ふ間傍に立つて眺めていた。それからふいに訊いた。
「はゝ、知つているな。よし、よし何もいやしない」
「それあ、さうだらうなあ。なんしろ広い海のこつた!――ねえ、君」
向ふでも房一を認めたらしい。さう思はれる仕方で、ぐつと速力をゆるめながら、だんだん近づいて来る。はじめは房一の方にこらしていた目を途中で一寸伏せ、又何気ない風にこちらを眺めながら降りて来た。
「ほう、ほんに!みんなある」
私が寐る前に入浴するのはいつも人々の寝しずまった真夜中であった。その時刻にはもう誰も来ない。ごうごうと鳴り響く溪の音ばかりが耳について、おきまりの恐怖が変に私を落着かせないのである。もっとも恐怖とはいうものの、私はそれを文字通りに感じていたのではない。文字通りの気持から言えば、身体に一種の抵抗リフラクシオンを感じるのであった。だから夜更けて湯へゆくことはその抵抗だけのエネルギーを余分に持って行かなければならないといつも考えていた。またそう考えることは定まらない不安定な、埓らちのない恐怖にある限界を与えることになるのであった。しかしそうやって毎夜おそく湯へ下りてゆくのがたび重なるとともに、私は自分の恐怖があるきまった形を持っているのに気がつくようになった。それを言って見ればこうである。
すると、道平の半ばひきつゝた表情の中には、又あの悦ばしさが、かうして歩いて来たことを人に見られるといふ満足が、ゆつくりと、何だか紙のずれるやうな工合に上つて行つた。
「おい、ビールは冷やしてあるかい」
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